犬について

 

スヌーピーを盲目的に愛している母に付き添ってスヌーピーミュージアムへ行った。

 

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展示内容が変わるごとに訪れているので(かれこれ6、7回目)そろそろ一人でも行けるようになって欲しいとは思っているが。田舎から出てくる母にはTOKYOが難し過ぎるらしい。

 

チャーリー・ブラウンスヌーピーを愛しているように、古来より人々は犬を良き友として苦楽を共にしてきたが、わたしも犬がとてもとても好きだ。特にデカい犬が好きだ。

 

彼らは自分のすべきことをきちんと理解している。実家にいる愛犬は、姉が甥を身ごもっている間、毎晩そのお腹にピッタリと寄り添って寝ていた。当時わたしの家には、両親と長女夫婦、次女夫婦とわたしの7人が暮らしていて隣には祖父母も住んでいたので、9人プラス1匹の群れを成していたわけだけれど、愛犬は自分の群れの中で誰を気にかけてやるべきなのか常に確信を持っていた。

彼らは自分がどうすべきなのかよくわかっている。共に暮らす人間が何を求めているか。それを指示として表に出さなくてもわかる。人間自身がそれを自覚していなくても。

勿論、彼らがすべきことは人間が求めていることばかりではない。土が彼らを呼ぶので庭に穴をたくさんこさえるし、チキンが彼らを呼ぶのでちょっと食卓から失敬したりする。彼らは自分のなすべきと「思う」ことに大変忠実である。(そのためしょんぼりするまで怒られるはめにもなる)

わたしは彼らのそういう愚直なところがとても可愛いと思う。

 

あるいは。その自らの体を思い通りに動かせる様がとても好きだ。と言うよりはむしろ羨ましくて仕方がない。わたしはこのために犬になりたいとさえ思う。

自分の体高の何倍もの高さまでジャンプしたり、ロープのおもちゃをぐいぐいと力強く引っ張ったり。特に思い切り走る様子が本当に素晴らしいと思う。前脚が地面を蹴る。その前脚に後脚が届くくらい、しなやかに胴が曲がる。直後、後脚がまた地を蹴る。同時に前脚が大きく前方へと伸びてまた地面を捕まえる……

現在は犬を飼える状況にないので、合法的にナマの犬が走る姿を見るすべがない。近場のドッグランは人間だけだと入場出来ないのだ。犬同伴でないといけない。悲しく思う。散歩をしている犬達は近所でたくさん見られるけれど、わたしは、自在に四肢を動かし駆け回る犬の姿が見たいんだ。先月は犬の動画を見過ぎて通信制限がかかってしまった。癒しを求めていたんだね。近い将来、素敵な相棒を迎えてドッグランに入りたいと思う。

 

実家で少しずつ老いていく愛犬と、いつかわたしの良き友となってくれる未来の相棒を思いながら、Amazonプライム・ビデオに追加された『僕のワンダフル・ライフ』をウォッチリストに入れる。

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劇場でおいおい泣いてしまったので、家で観たら大変なことになるだろう。邦題以外、全てがサイコーの映画だよ。

 

A dog’s purpose 

 

おしまい

 

主人とタイムマシンについて

 

「身内のブログを読むのが好き」だと主人が言う。義父のブログを探し出してこっそり読んでいたような人なので(なんならTwitterのアカウントまで捕捉していた)、まあそう言うのならそうなんだろうと思うのだけれど、曰く、「私とのことを楽しく赤裸々に書いて、つられて楽しくなりたい」とのことでわたしとしては本当にいいのか?泣いてやめてって言っても知らんぞ?という感じ。赤裸々、ねえ?

 

というわけで、リクエストにお答えして主人についての話をする。

わたしは常々もしタイムマシンがあったら、色んな年の頃の主人に会いに行くのになと思う。

義両親(めちゃめちゃ好き)に心から感謝していることの一つに、実家を出る主人に自分のアルバムを持たせてくれたことがある。2冊に渡って主人の成長を追うことが出来るのだけれど、どのページを開いても可愛い主人が出てきて本当に素晴らしい。わたしもいずれは、最終的に我が子のパートナーに見てもらうために我が子を激写していきたい。

そのアルバムを捲る度にわたしは、何故まだタイムマシンが発明されていないのだろうかとやきもきする。

 

主人がオギャアオギャアの頃に会いに行って、指をぎゅっと掴まれたい。生理的に微笑まれて生理的微笑であると認識した上で、ああ笑っている、ウフフと浮かれたいのだ。

 

小学生の頃に会えたなら。スターウォーズの話をして、ところどころ「違う、それはそうじゃない」と訂正を入れられたい。そしてわたしは、ごめんごめん、わたしは一回ずつしか見たことないんだよと弁明をする。するときっと小学生の主人は「しょうがないなあ」という顔をして一から教えてくれる、多分ね。

 

中学生の主人。最近新しいエピソードが追加された。木の板にはんだごてで焼き目をつけて絵を描く、あの、はんだごての技術を身につけるためにほとんどみんな一回はやるやつ。あれで中学生の主人は、新潮文庫ファウストの下巻を描いたらしい。

これだ。

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涙が出るほど愛おしい。中学生の主人。これめちゃめちゃかっこいいと思って、心鷲掴みにされたんだろうな。これしかない、と思ったのかな。すごくわかる。わかる、わかるよ。これは厨二病ごころをくすぐられるな?

つい最近、ふと思い出したとでも言うように主人はこのエピソードを話してくれた。「我ながら痛々しい」と笑いながら。わたしが、板だけに?と聞くと、もう笑ってなかったけど。

文庫にトレーシングペーパーを被せて、ゆっくりゆっくりなぞっていたんだろうか。もしそこにわたしがいたら、右手の小指側の側面の、鉛筆の炭で真っ黒になったのを、湿らせたハンカチでそっと拭ってあげたいと思うよ。

 

高校生の主人は、相当尖っていたらしい。頷ける。今ですらとてもひねくれてる人なので、そら(田舎の進学校にこんな頭の良い奴が閉じ込められてたら)そう(斜に構えたお子さんにもなる)よ、と思う。生意気な18歳の主人には、わたしがあなたの未来の奥さんなのよと教えたい。おそらく「は?」って言われる。そうしたら、その遠視と乱視の眼鏡を外して、綺麗なお鼻にくっつくくらいに顔を近づけて、楽しみにしててねと伝えたい。今のわたし達は楽しく愉快に面白おかしく暮らしているからね、だから楽しみに待っていてねと、そう言いたい。本当はもっとオトナのおねいさん的な誘惑をしたりなどもしたいんだけれど、やっぱりいたいけな未成年に手を出すのは憚られるので(妄想の中なんだけど)、誘惑するのは今の主人だけでいいやと思う。乞うご期待!と言い残してわたしは去っていく。きっと18歳の主人は、ポカンとしてわたしを見送る。長いタイムトラベルを終えたわたしは主人のもとに帰る。わたしより二つ年長の、フタエノキワミっぽくキスをしてくる主人のところに。(歳がバレる)

 

こんな感じでどうだろうか。主人よ。わたしと出会う前から、わたしの知らないところで、同じ時期に、主人は逞しくのらりくらりと生きていたんだというその事実に、当たり前なんだけど、こんなこと本当にあるんだとそういう気持ちになる。すごいね、ご主人。

 

支点を板に吊るしてギリギリ太るカレーセット🍛

おしまい。

 

 

 

 

 

 

 

最近見た映画のこと

お題「最近見た映画」

 

お題があると書きやすい。

 

ブラックパンサーを観に行った、3/4に。日本での公開日は3/1だったので、公開した週の土日に観ることが出来た。

グレイテスト・ショーマンも、金曜日公開だったがその次の日の土曜日に観た。良い調子だ。それもこれも主人がTwitterなどでネタバレを喰らうのを恐れているからだ。いいぞいいぞ、インターネット。頑張れ頑張れ、インターネット。

以下ネタバレ

 

 

ブラックパンサーのこと。

とても「現代的」な作品だなあ~と感じた。オコエやナキアを筆頭に女性が激しく逞しく戦う姿は少しゴリゴリのおフェミを感じてしまったが(ヒーローに対しての逆張りが過ぎるのでは)、強い女性は美しくサイコーだったのでもうオールオッケーだ。ワカンダフォーエバー。キルモンガーくんの憎みきれない出自もまた陛下の人の良さを引き立たせていた。敬愛していた先代をキルモンガーの一件ですぐに責められるのは王の器。陛下素晴らしい。人格者過ぎやしないか??

 

グレイテスト・ショーマンのこと。

圧倒的な良さがあった。みんな "This Is Me"をべた褒めしてるので言いづらいけど、個人的には "Never Enough"の方がグッとくるものがあった。わたしは同じような境遇・コンプレックス・出自の人間同士が引かれ合う様にめっぽう弱い。「同じ旗のもと」というか。なのでバーナムの生まれや育ち、自身が所詮成金だということに対するコンプレックスが見ていて痛々しいほど共感できたし、可愛い娘があんな扱いを受けていたらねえ、観客に「本物」を見せてやりたいと言ったときのバーナム、そして「本物」と言われたジェニー・リンド……

 

良さが過ぎて語彙が失われてきたのでおしまい。

中部台運動公園のこと

 

 

なんだか最近記憶の捏造も記憶がこぼれ落ちていくのも激しいので、わたしの主観的事実を書き留めておきたくなった。

 

父はよく幼いわたしを中部台運動公園に連れて行ってくれた。

だだっ広い公園だった。別に三重では緑豊かなことなんて有難くもなんともないのだが、この公園にはSLが見れたり、他の追随を許さないほど面白いアスレチックがあってわたしはこの公園が大好きだった。

ただあまりにも敷地面積が広すぎて、わたしはアスレチックがある公園の奥の方まで辿り着く頃にはもう既に少しバテていた。姉とは違って運動が得意ではなかったのだ。

 

確か公園の帰りにいつもスーパーに寄って夕飯の材料を買っていた気がする。まだ若かった頃の父はあまり地元のスーパーは使いたがらなかった。おそらく職場の人間や顧客に出くわすのが嫌だったんだろう。それで、公園で遊んでから家からは遠いスーパーに行っていたのだったかと思う。

 

わたしはまだ遊び足りなくていつも帰り際に愚図るのだが、自販機でビックルを買ってもらって渋々帰っていた。まだビックルがペットボトルで販売してなかった頃の話だ。飲み口に口をつけたときの瓶独特の冷たさはまだ思い出せる。

 

後のことはもうあまり思い出せない。おしまい